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東京地方裁判所 平成4年(ワ)13839号 判決

原告

間理三郎

右訴訟代理人弁護士

竹下甫

被告

荒川治

右訴訟代理人弁護士

相磯まつ江

芹沢孝雄

主文

1  原告が別紙物件目録二記載の土地部分の賃借権に基づき同目録三記載の土地部分について通行権を有することを確認する。

2  被告は、原告が別紙物件目録三記載の土地部分を通行することを妨害してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一原告

1  原告が別紙物件目録三記載の土地部分(以下「本件通路」という。)について通行権を有することを確認する。

2  被告は、原告が本件通路を通行することを妨害してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二事案の概要

本件は、公道に面した一筆の土地の所有者である被告からその土地のうち公道に面しない部分を建物所有を目的として賃借した原告が本件通路について後記のような通行権を有するとして被告にその確認と通行妨害の禁止を求めるものである。

一争いのない前提事実

1  原告は、昭和二七年五月一三日頃、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である被告との間において、被告が本件土地のうち同目録二記載の土地部分(以下「甲土地」という。)に建築して所有していた木造平家建居宅(以下「原告旧居宅」という。)を買い受ける契約を締結するとともに、甲土地につき被告を賃貸人、原告を賃借人として普通建物所有を目的とする賃貸借契約を締結し、それぞれその引渡しを受けて、原告旧居宅を住居として使用して来たが、昭和三一年七月頃、これを木造スレート葺平家建居宅(以下「原告新居宅」という。)に建て替え、これを住居として使用して、現在に至っている。

他方、被告は、昭和二七年五月頃、本件土地の残余の部分(以下「乙地」という。)の別紙図面点線表示部分に木造セメント瓦葺平家建居宅(以下「被告旧居宅」という。)を建築して、これを住居として使用して来たが、平成元年春頃、被告旧居宅を取り壊して、同図面実線表示部分に木質パネル構造石綿板葺二階建共同住宅(以下「被告新居宅」という。)を新築して、これを住居及び賃貸用建物として使用して、現在に至っている。

2  本件土地の状況は、別紙図面のとおりであって、その北側、西側及び東側には他人の所有する土地が存在し、その南側においてのみ建築基準法四二条二項所定のいわゆる二項道路に接している。

そして、乙地は、本件土地の南側に位置し、その南端(別紙図面表示のF、H及びJの各点を直線で結んだ線)において右二項道路に接しているが、甲地は、本件土地の北側に位置していて、直接公道には接しておらず、甲地から右二項道路に至るためには乙地を通行する以外に途はない。

二争点(本件通路の通行権の存否)についての当事者の主張

1  (原告)

(一) 原告は、甲地を賃借した当時から被告が被告新居宅を建築するまでの間、乙地のうち別紙図面表示のA、F及びEの各点を直線で結んだ線に沿った幅員四メートルの本件通路を含む土地部分を通路として使用して来たものであり、被告は、これに対して、なんら異議を唱えなかった。また、原告は、原告新居宅を建築するに際しても、被告の了解の下に、右通路部分を敷地の一部として建築確認を得て、これを建築したものである。

ところが、被告は、被告新居宅を建築した際、一方的に右通路部分の幅員を縮小し、その両側に植込を植えるなどして、これを幅員約九〇センチメートルのものにしてしまったものである。

(二) 右の事実に照らすと、原告は、被告から甲地を賃借した際に、乙地のうちの幅員四メートルの右通路部分、少なくとも本件通路を併せて賃借したものというべきであり、また、仮に右通路部分が賃貸借の目的に含まれていなかったとしても、被告は、本件におけるような場合にあっては、賃貸借契約上の債務として、原告が甲地において建物を維持し生活をするのに必要な通路として少なくとも本件通路を原告に使用させるべき義務を負うものと解するのが相当である。

また、仮に右主張が理由がないとしても、前項の事実によれば、原告は、少なくとも本件通路については、囲繞地通行権に準じた通行権を有するか、又は、時効によって地役権を取得したものというべきである。

2  (被告)

被告は、甲地を原告に賃貸して以来、原告が乙地のうち別紙図面表示のA、F及びEの各点を直線で結んだ線に沿った幅員約九〇センチメートルの部分を通路として使用するのを好意的に認めてきたものに過ぎず、原告がその主張する幅員四メートルの土地部分を通路として使用していたようなことはない。

被告は、もともと原告旧居宅が存続する限りでの一時使用の目的で原告に甲地を賃貸したのであったが、原告は、被告に無断で、原告旧居宅を取り壊して、原告新居宅に建て替えたものである。

第三争点に対する判断

一先ず、〈書証番号略〉、原告及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次のような事実を認めることができる。

1  原告が被告から甲地を賃借した当時においては、乙地のうち別紙図面表示のA、F及びEの各点を直線で結んだ線と被告旧居宅(別紙図面点線表示部分)の西側端との間の幅員約2.7メートルの土地部分が空地となっていたが、原告及びその家族は、それ以来、右の土地部分のうち同図面表示のA、F及びEの各点を直線で結んだ線に沿った幅員約九〇センチメートルの西端の土地部分を甲地から公道に至る通路として使用し、右空地の残余の部分には、植木が植えられるなどしていた。もっとも、被告旧居宅の玄関は右空地に面した西側に設けられていたため、被告及びその家族も、右の通路として使用されていた部分を共用して使用していた。

したがって、右の通路として使用されていた部分についても、原告及びその家族が排他的にこれを専用していたというものではなく、また、当事者間において右の土地部分を賃貸借の目的とするかどうかについて明示的な合意や話合いが行われたようなこともなかった。

2  原告は、原告新居宅を建築するに際しては、乙地のうちの前記空地部分の全部又は一部を甲地に加えてその敷地として建築確認を得たが、これについては被告の承諾を得たようなことはなかった。

他方、被告は、被告新居宅を建築するに際しては、乙地の全部をその敷地として建築確認を得て、被告新居宅(別紙図面実線表示部分)を建築したが、同図面表示のA、F及びEの各点を直線で結んだ線と被告新居宅の西側端との間にはなお幅員最大約2.5メートル、最小約2.3メートルの空地を残しており、また、被告新居宅の玄関は公道に面した南側に設けられたため、被告、その家族又は被告新居宅の賃借人等の居住者が右空地部分を通路として使用する必要はなくなった。

二以上の事実関係に照らして判断すると、原告及び被告が甲地の賃貸借契約の締結に際して乙地の一部を通路として賃貸借の目的としたものと認めることのできないことは明らかである。

しかしながら、本件におけるように、公道に面する一筆の土地の所有者が右土地のうち公道に面しない部分を他に賃貸し、残余地を自ら使用しているような場合には、残余地の通行に関して格別の合意をしなかったときにおいても、賃貸人は、賃貸借契約に基づく債務の一内容として、賃借人に対して、当該賃貸借契約の目的に応じて残余地を通行させる義務を負うものというべきであり、この場合において、当該賃貸借契約が建物所有を目的とするものであるときには、賃貸人は特段の事情のない限り、賃借人が目的地に建築基準法令に従って適法に建物を建築し維持するに足りる幅員の通路を供すべき義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告は、甲地の賃貸借契約が原告旧居宅の存続する限りにおいての一時使用の目的のものであったと主張するけれども、右賃貸借契約は、原告旧居宅の建替えを経て、既に四〇年余にわたって継続し、この間において右賃貸借契約が右のような目的のものであったかどうかをめぐって紛議が生じたことを窺わせるだけの証拠もないのであるから、右主張は、到底採用することができず、また、被告は、原告が甲地の賃貸借契約の締結に際して「通路部分は借地したくない。西端の三尺を通して貰えればよい。」と被告に告げたことがある旨を供述するけれども、仮に原告が右のような発言をしたとしても、先に認定したとおりの当時の状況に照らすと、これに格別の法的意味を付与することはできないのであって、他には右にみたような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

そして、建築基準法四三条一項、東京都建築安全条例(昭和二五年東京都条例第八九号)三条(平成五年東京都条例第八号による改正後のもの)の適用の下において先に認定したとおりの一連の経緯、甲地及び乙地の現況、建物の配置状況等に照らして判断すると、原告が建築基準法令に従って甲地に適法に建物を建築し維持するための債務の内容としては、被告は、原告に対して、本件通路を右条例三条一項にいわゆる路地状敷地として提供すべきものとするほかには選択の余地がなく、かつ、それをもって足りるものと解するのが相当である。なお、被告が被告新居宅を建築するに際して乙地の全部をその敷地として建築確認を得てこれを建築したことは、先にみたとおりであるけれども、そうであるからといって、被告が右の債務を免れることにはならないし、右のように解することができなくなるというわけのものでもない。

三したがって、原告は、その結果ないし一内容として、本件通路について通行権を有することは明らかであり、これに基づいて、被告に対して、本件通路の通行妨害の禁止を求めることができるものと解するのが相当である。

第四結論

以上のとおりであるから、甲地の賃借権に基づき本件通路についての通行権を有することの確認を求め、その通行妨害の禁止を求める原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官村上敬一)

別紙物件目録

一 (本件土地)

所在 東京都新宿区坂町

地番 一一番三

地目 宅地

地積 262.57平方メートル

二 (甲地)

第一項記載の土地のうち、別紙図面表示のA、I、B、C及びDの各点を順次直線で結んだ線の北側の部分 一一九平方メートル

三 (本件通路)

第一項記載の土地のうち、別紙図面表示のA、F、H、I及びAの各点を順次直線で結んだ線の内側の部分 24.2平方メートル

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